「問わず語り」という作品は、一つだけ書き方が違っています。
老人の一人称という形で、自分の過去を語っていくものです。
特徴的だったためか、「どうしてああいう書き方にしたのか」と何度か尋ねられました。
実を言うと、僕なりの一つの挑戦だったのです。
ノンフィクション、というか、民俗学の名著に「忘れられた日本人 」(宮本常一、岩波文庫)という作品があります。
この作品の中におさめられた「土佐源氏」という話があります。四国に暮らす盲目の老人が自分の女性遍歴を独白するというものです。
僕は十代の時にこの作品を読んで、真実の持つ重みに気付かされた経験がありました。
その時以来、ずっと独白の形式で、性をテーマにしたものを書いて、「土佐源氏」に挑戦したい、という思いがあったのです。
正直、僕はこれまでずっと「土佐源氏」のような話をさがしていました。
取材旅行といっても、大学入学直後から十年以上にわたって何度も積み重ねてきています。何千人、何万人という人の話をきいていくなかで、ずっと僕は「土佐源氏」の影を追っていました。
そんな中で、ミャンマーで例の老人に会って話を聞いた時、彼に「土佐源氏」の影を見出しました。
これはいけるんじゃないか。彼を題材にして、「ミャンマーの土佐源氏」を描くことができるのではないか。
そう思いました。だからこそ、僕は「問わず語り」のみ違う書き方で、あえて「土佐源氏」をなぞるように描いたのです。
まぁ、僕の思いはともかく、「問わず語り」という作品が、少しでも「土佐源氏」に描かれているような、人生の重みのようなものを表すことができていればと思っています。
(「土佐源氏についていは、佐野眞一さんの「私の体験的ノンフィクション術 」に色々と面白いことが書いてあります)
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