ノンフィクションの話をしていて、一番聞かれるのが次のようなことです。 「どうやって、相手に近づいて心をつかむのか」
実は、つい先日もある有名な編集長さんと話をしてその話題になりました。 その方はかつて『サンダカン八番娼館』の山崎朋子とともに元からゆきさんの所へ取材にいったそうです。 その時、山崎朋子さんは現地の元からゆきさんに日本からのお土産として日本の米をもっていったのだそうです。すると、元からゆきさんは嬉しさのあまり大泣きしたとか。 編集長さんはそれを見て、山崎朋子さんのスゴサを知ったといっていました。
たぶん、外国で何かをやろうとしたら、こうした小道具というのは必要不可欠なんだと思います。 周りを見てみると、たとえば小さな楽器をもっていって演奏したりする人もいれば、ポラロイドカメラをもって写真をとってあげる人もいたりします。 何をしたら良いかというよりも、自分と相手と環境と話の内容によって臨機応変に変えていくものなのだと思います。
ただ、正直な話、ここらへんというのは、結構キタナイことも多いのです。 たとえば元からゆきさんだったら日本の米をもらって喜ぶでしょうが、相手がマフィアだったらどうでしょか。 お米なんてあげても「?」でしょうし、まして写真なんて撮ったらその場で刺されます(笑)。
じゃあ、どうするかといえば、やはり「現金」だったり、「酒」だったり、「麻薬」だったりするのです。 もちろん、それについて疑問を抱く方はたくさんいるでしょう。それは違法じゃないのか、と。 しかし、それが良いか悪いかは別として、この部分で優等生ぶっていたら、絶対に相手に近づくことはできないという現実もあるのです。そこでブツブツいうなら初めからやるなということです。
あまり言いたくないですが、たとえば僕はそのために危険な非合法酒を手に入れて難民と一緒に朝まで飲んだこともありますし、『物乞う仏陀』で書いたようにマフィアと麻薬をやりつづけたこともあります。 もっとひどいのだと、密売されている銃を買ったこともあります。
当たり前ですが、これは非常に大きな賭けでもあります。 たとえば一緒に非合法酒を飲むといっても僕が先に酩酊してしまえば身包みはがれてしまうかもしれません。あるいは麻薬や銃を手にいいれたと同時に警察につかまる恐れもあります。
そこらへんが、ギリギリの駆け引きになってくるのですが、どのように綱を引くかというのは感覚としか言いようがありません。
それでも一ついえることは、僕は相当慎重です。 多くの人に「無謀だ」「勇気がある」「危険を顧みない」などといわれましたが、たぶん、実際の僕はそういう人たちよりずっと慎重だと思います。
一例をあげれば、たとえば僕は今でも海外へいく時は、財布をチェーンに結び付けています。靴は必ずスニーカー。財布は全部で5つにわけています。ウエストポーチのチェックにすら錠をつけています。ハワイに行く時も、アフガンにいく時も同じです。
たぶん、海外に行きなれている人は「ダサイ」と思ってそういうことをしませんよね? 少なくとも、僕は滅多に自分より慎重な装いで町を歩いている人を見かけた事がありません。 けど、僕は「ダサイ」とわかっていながらも、それをやっている。要は、「ダサくても、それができるかどうか」ということが結果として自分を守れるかどうかだと思っています。 これだけ海外へいって、変なことをして、一度も物を盗まれたことがないのは、たぶん、このおかげだと思っています。
初心は絶対に忘れてはなりません。
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