ノンフィクションの方法 旅立つ前に頭をリセットする


変なことを言うようですが、僕は結構勉強家だと思います。
高校生の頃から1日2冊ぐらい本を読んでいますし、ありとあらゆる分野の情報に興味があります。小説も、エッセーも、学術論文も、ノンフィクションも何でも読みます。

しかし、旅をする前は、一度それらの情報をすてててしまいます。
もっていた情報をすべてリセットして、頭を真っ白な状態にしてから、その場所へいって、物事を観察するようにするのです。

なぜなんでしょう。

それは、現実というものが120%仮説や理屈や建前を裏切るからです。
これまで一度として本に書いてあった理屈が現実の世界で存在したことはありません。
たとえば本にはテロリストが恐ろしい者だとか、人身売買の被害者は泣きながら仕事をしているとか書かれています。しかし、実際に彼らと会ってそれを感じたことは一度としてありませんでした。
万が一そうだったとしても、本に書いてあることとは全く違う理屈でそうなっているのです。

では、どうしてこういうことが起こるか。
理由はたくさんあります。たとえば、本の著者が現場を見ていない、とか、著者が現場にいっても偏見で見ているとか。ただ、それ以上に大きな要因は、以下ですね。

「そもそも人間は一人一人まったく違うもの」

当たり前なんですが、この当たり前のことを認めるのがとても大変だと思います。
おそらく私たちは物事の九割ぐらいを固定観念で見ていると思います。そっちの方が簡単だし、楽だからです。
しかし、現実には、世の中には一つとして「決まった形」というのはありません。テロリストでも人身売買の被害者でも、が百人いれば百人全然違うはずで、私たちが思い描いているイメージが現実にあることなんてありえないのです。
いってしまえば、私たちもっている「テロリストのイメージ」というのは、外人が持っている「日本人男性=侍」とか「日本人女性=蝶々婦人」とか「日本人旅行者=ツアー&カメラ」といった固定観念とまったく同じものなんです。

私が旅の前に、専門資料に目を通さないのはそこに理由があります。
一度やってみて大失敗したことがあるのですが、事前に「こうだ」と決め付けて物を見ると本当にそのようにしか見えないのです。
たとえばテロリストは怖いものだという前提で旅をすると、本当に恐ろしいものであるかのように考えてしまい、それ以外の人間性が見えてこなくなるのです。
しかし、一度頭を白紙にして出会えば、その人の内面を見ることができるのです。

では、資料をまったく見ないのかといえば、そういうことではありません。
帰ってきてから目を通すようにするのです。つまり、白紙の状態で得てきたものの裏づけや肉付けをするために読むのです。そうすることで、「ああ、あの時のあれは、こういう意味をもっていたんだ」とわかりますよね。

たぶん、「書く」「撮る」「描く」人はみんなそれぞれ自分なりのアプローチの仕方をもっていると思います。
そこをどうするかによって、物へのアプローチがまったく違ってくる。1つのことを見ているのにまったく違うものがうまれるのだと思います。

ただ、そこが一番面白いところでもあるんですけどね。





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