06年の暑い時期にバングラデッシュにいました。
町をぶらぶらあるいていましたら、ある所にすごい人だかりができていました。
立ち止まっている人々に事情をきいてみると、夫が麻薬におぼれて、家庭内暴力の挙句に、生まれたばかりの赤子を殺害したのだとか。
どうにか周囲の人間が夫を袋叩きにして静めて警察の手に引き渡したのだけれど、妻の方が赤子を殺された怒りで暴れだしているというのです。

ちょっと騒ぎを見てみたくなって、人波をかきわけていきました。
すると、そこに立っていた女性が見た事もないようなすさまじい形相で叫んでいました。
顔を真っ赤にして、歯をむき出して、怒鳴り散らしているのです。その姿は「鬼」以外の何者でもありませんでした。
正直、イスラームの世界で女性がここまであからさまに男性に怒りを示すことはほとんどありません。ましてや人前でそれを見せることなんてまずないといってもよいでしょう。
にもかかわらず、目の前の女性は鬼のような形相で怒鳴り続けていました。
それがここで紹介した写真の女性です。

これを見て、私は高校生の時に読んだ二冊の本を思い出しました。

ひとつが、『鬼の研究』(ちくま文庫)です。
タイトルの通り、日本文学にあらわれる鬼を研究した本です。
その中で著者の馬場さんは、鬼というのは、人の感情が沸点に達した時の文学的表現の一つなのではないかというようなことを書いています。たとえば男に騙された女が復讐のために怒りの余り鬼になる、とか。

また、僕は古医学が好きで、よくそれ関連の本を読みます。
この分野にも、それを象徴するような江戸時代の資料があります。
それは「間引き防止」の看板でした。江戸では「間引き」が流行って、間引き禁止を促す看板がつくられたことがありました。
そこには、母親が両手でもって赤子の口をふさいでいる絵があって、その横にその女性の心情が絵と文字で描かれています。その絵がまさしく「鬼となった女性」であり、解説文にも「鬼となって間引きをする」というようなことが記載されています。
(こちらは『絵で読む 江戸の病と養生』(酒井シヅ、講談社)に乗っている資料です)

こういう意味では、イスラームの女性もたしかに「鬼」になるのでしょう。
そして、鬼になる理由は国境は異なれど、感情の沸点が呼び起こすものという原理は同じものなのかもしれません。
そう考えると、鬼ってとっても哀しいものですよね。





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