戦後の日本に関する本を読んでいると、今のアジアと同じだったんだなと思います。
傷痍軍人、浮浪児、非合法酒、市場を仕切るヤクザなどどれもすべて今のアジアの街角で見られる風景です。

そんなこともあるからなのでしょう。
アジアの街角の風景を文章にすると、年配の方から「昔の日本にはあった風景だが豊かになってこれがなくなった」云々という批評や感想を頂きます。障害をもった物乞いなんかはその典型なのでしょうね。

これと同じようなものとして目に付くのが「最貧困者の麻薬売り」です。
アジアの路上には数多くの麻薬売りがいます。観光客や外国人に接するような売人は小奇麗な小金持ちが多いですね。
しかし、地元の人に接するような売人の多くは「浮浪者の売人」です。正直、ほとんどの国がそうです。

なぜそうなるのでしょう?

まず、田舎で食えなくなった人たちが都会にでてきます。
みんな日雇い仕事につこうとしますが、あまりにも失業者が多いために仕事につけないことがほとんどです。そのために、彼らは路上生活をはじめることになります。
そんな時に、タイミングよくマフィアがやってきます。彼らは路上生活者に「仕事がないなら麻薬売りのバイトをしないか」と持ちかけます。人々は食べるものにも困っているので、麻薬を譲り受けて売り始めます。
そのうち、マフィアにすすめられて麻薬をやってみたり、客や路上生活者仲間と一緒に試しているうちに中毒になっていきます。
それで彼らはもっとお金が必要になって、麻薬をするために麻薬を売るようになるのです。
こうなると、もう一生売人をやるより仕方なくなってきてしまいます。

一番多いのは上記のパターンです。
日本でも「麻薬をするために麻薬を売る」という構造はあります。
ただ、それが路上生活者かどうかという点が日本と外国の違いだと思うのです。

さらにいえば、アジア路上生活者は普通に暮らしている限り「貧しい人」ですが、麻薬中毒になりはじめると「浮浪者」になります。
同じ路上で暮らしているといえども、「貧しい人」と「浮浪者」の違いは明確です。前者は路上生活者たちの生活コミュニティーに入れるのですが、後者ははじかれてしまいます。
それゆえ、「浮浪者」は路上生活者どうしの助け合いからも疎外されてしまうのです。

今回の写真はバングラデシュの路上の売人と中毒者です。
注射を打っている売人も、打たれている中毒者も、見物している男も、全員「浮浪者」です。
ここに社会の最底辺の人たちが貧困の底から抜け出せない一つの構造があるのがお分かりでしょう。





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