写真のおばあさんは、インドの田舎の貧乏な家の人です。
金持ちに安く作物を買い叩かれて、とうとう食っていけなくなり、カルカッタの町にでてきたそうです。娘夫婦とともに。

しかし、この町(コルカタ)には同じような人々が何万人、何十万人と溢れ返っていました。
当然、新参者の彼らがすぐに仕事につけることなんてありません。
彼らは全財産を使い果たし、路上生活者となりました。
娘の旦那さんがようやくリキシャ(人力車)の運転手の仕事を手にしたものの、日給は100円程度。一日一食家族が食べたら終わりです。

やがて、おばあさんは病気になりました。
政府の病院なら無料です。しかし、無料なのは診察だけ。治療にも薬にもお金がかかります。
彼女はお金がなく、入院はもちろん治療することも薬を飲むこともできず、半年以上も路上でガンの痛みで苦しみつづけました。
町中が大洪水になる雨期も、気温が45度にも達する夏も、日本の冬と同じぐらい寒い冬も、路上で蝿と垢と脂汗にまみれて痛みと戦ってきたのです。
やがて、肉という肉がすべてなくなり、骨の形が透き通って見えるのではないかと思えるほどやつれた体になりました。

それが、この写真です。
そして、この二日後に、彼女はここで死んでいます。

それから数カ月後、日本に帰ると、テレビの中で金持ち社長や政治家がこんなことをいっていました。

「不況から脱却する以上、多少の犠牲は仕方ない」
「資本主義社会とは、かならず貧富の差を生むものだ」
「働かざる者は食うべからず」
「これが現実なのだ。仕方ない」

これとまったく同じ言葉を、このおばあさんを前にして言えるのでしょうかね?
もし言えるという方がいれば、その思いを大切に胸にしまって、一人でインドへ行って、その台詞をはいてもらいたいものですね。
路上に布団を敷いて、末期ガンの痛みに耐えて、死んでいく人を前にすれば、抽象的に物事を語ることと、現実を前にして語ることとの違いがわかるはずです。

それができなきゃ、偉そうに語ることなかれ。




■■本紹介■■   『歓喜の街カルカッタ
インドのカルカッタ(現コルコタ)の最底辺の世界を描いた小説です。




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