なんでこんな赤ちゃんの写真を掲載するのかと思うでしょうね。
けど、これには理由があるのです。

取材をすると、1人の物語を書くために、100人ぐらいに取材しています。
逆に言えば、99人を「削除」しているわけです。

心を突き動かされる話や光景というのはたしかにあります。
しかし、それが必ずしも活字にできるわけではありません。どんな衝撃的なことであっても、「メディアの内容にそぐわない」とか、「読んでも暗い気持ちになるだけ」といった理由から削除せざるをえなくなることがあるのです。

ただ、削除するというのは本当に苦しいことです。
ある取材対象者からは「●●をぜひ伝えてくれ」といわれる、またある取材対象者は僕が本にすると信じて話をしてくれる。
しかし、実際に活字にするときは「商業的に合わない」とか「日本人には理解しにくい」という理由で削除せざるをえない、あるいはされてしまう。

この赤ちゃんもそうでした。

ごらんのとおり、全身に障害があります。
水頭症で、おなかにも水がたまっています。右目は眼球がなく、指は癒着し、左足は……。まぁ、書かなくてもお分かりでしょう。
スリランカの路上に捨てられていたんです。それをある通りがかりの人が拾ってきて、無駄だと知りながら、懸命に看病していたのです。
その時、拾ってきた女性が僕にこう頼んできました。

「こんな赤ちゃんだって命をもっているんだ。ぜひ写真にとって掲載してもらいたい。この赤ちゃんがなぜ路上に捨てられ、なぜ拾われ、なぜここで生きているのかを書いてほしい」

正直、こういう赤ちゃんを目の前にすると、写真をとる勇気すらなくなります。
しかし僕も女性も「この子のために」と思って写真をとって、インタビューをしました。

が、結局、この話はどこにも発表できませんでした。
そもそも、このような写真の掲載を許してくれるメディアがほとんどない。また、文章そのものも発表する場がありません。
「グルメ紀行」を発表するメディアはくさるほどありますし、セックス体験談を告白するメディアもあふれています。しかし、こういう赤ちゃんがなぜ捨てられ、なぜ誰かが拾い、なぜ生きているのかを掲載してくれるメディアがないのです。

きっと写真の赤ちゃんは亡くなっているでしょう。
僕はいまだに赤ちゃんに対して、拾った母親に対して申し訳ない気持ちでいっぱいです。
写真を撮ることを許してくれ、しかも、インタビューまでしてもらった。すべて僕を信じてやってくれた。けど、結果として、何もできないでいる。

最初に1人を書くために100人取材していると書きましたが、正直に言えばその99人に対してもまったく同じ気持ちでいます。
本当に申し訳ない。けど、どうすることもできないんだな。





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